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日本の感性で世界を切り取る|『暮らしの中にある日本の伝統色』

暮らしの中にある日本の伝統色 (ビジュアルだいわ文庫)

暮らしの中にある日本の伝統色 (ビジュアルだいわ文庫)

 表紙のデザインがまず魅力的。先ずはこれが手に取るきっかけに。
 日本の伝統的な色、173色を、由来や歴史・文化とともに紹介。最後に色見本あり(CMYK数値付き)。ときどき挿しこまれる写真も美しいです。ビジュアルブックなのですぐに読み終わるかと思ったら、思いの外時間が掛かりました。手元に置いておく予定ですが、再読するというよりかは、事典的な使い方になりそうです。

 知っている色もいくらかあったとはいえ、やはり現代の日常からは失われつつある感性だと思いました。
 色にどのような名前があるか、私はそれをその文化の感性そのものだと思っています。無限といってもよい「色」をどう切り取るか、地理的要因や歴史や習慣を基に「人」が決めている。それで世界の捉え方が決まる。とても面白く、興味深いことです。虹の色数の話(日本語の「虹」は7色だが、英語の"rainbow"は6色)などは、聞いたことがある方も多いのではないかと思います。

 この感性は、現代では文学(文語的表現)か服飾関連くらいにしか残っていないのかもしれません。それも服飾は和装の場合のみ。むしろ洋服などだと、敢えてカタカナを使う傾向にあるように思います。最近見たのだとバーガンディーとか、昨年流行っていたものだとボルドーとか。色名に限らず、音しか表さないカタカナに置き換えすぎて、本質的な理解のできていない単語が氾濫(漢字だと感覚的に理解できることも多い)しているのは最近気になっているのですが、その話はまたいつか。
 自分が実際に口にする色の名前も、カタカナが多くなっているなあと感じます。そして、日本の色名でものを捉えるのも、おそらく和物を目にしているときだけ。このような本を読むと、日本人がここまで積み重ねてきた感性を忘れてしまうのはどうも哀しいことのような気がするのです。この色にはこんな名前があったんだなあと、新しい知識として得るのでむしろ新鮮でした。

 現代日本人の感性にも当てはまっているもの、反対に全くそんなイメージのなくなっているもの、それぞれあるのも面白かったです。「老人が日常的に着ていた色」とあれば、「ああ、納得。今でもこういうの着てる人多いよね」と思うものもあるし、「えー、お年寄りがこんな色着てたの?」というものもある。若者に人気のあったという色もそうだし、何かの演目で誰々が着ていたので流行ったとかいう色もそう。解るものもあれば、いまいちぴんと来ないものもある。
 そして、一般人は纏ってはいけない色というのも面白かった。高貴な人が身につける色だからというのが多いけれど、喪に服す人の色、罪人の衣の色なんていうのもある。禁色(例えば黄丹)といっても似て見える色もあり、カラーチャートで見ると似ているけれど、実際の染め方の違いで見分けることができるんだろうか、と染物の現物を見比べてみたい気持ちも。

 全く別の話になりますが、主にハイファンタジーの本を読んでいるとき、色の名前をどう表現しているかというのを興味深く見ています。東アジアモチーフと思われるファンタジー小説の感想を覗いたとき、「この世界観で色を『オレンジ』と表現するのはいただけない」というようなことを書いている人がいて、やっぱり自分と同じようなことを考えている人はいるんだなあと思いました。
 これも上に書いたことと同じで、その色名が存在するということは、その背景となっている国、植物、物質(鉱石、金属など)、動物、習慣などが存在するということなんだろうと、あまりにバックグラウンドに多くのものを孕む言葉であるので、書き手がどのように表現するのか非常に興味があるのです。

 日本の色の名前を知るということは、日本で積み重ねられてきた感性を以て世界を見るということにつながり、とても面白い経験になりました。今いる部屋のカーテンの色も、今までは何とも形容し難い色でしたが、今見ると白緑という色に似て見えます。人間はどうしても言語を以て世界を認識する生き物であるけれど、こういうちょっとしたことで世界が多様に見えるようになるのは楽しい。日本語は天候や自然現象を表す言葉も多いと聞くので、そのような本も読んでみたいなあと思っているところです。